掲載2010年9月29日
知能の囚人
当サイトも、いよいよ一流の域に達しつつあるのか、過分な賛辞を頂くようになった。本来ならば、全てをご紹介したいところであるが、時間の制約もあり、一点だけ披露させていただきたいと思う。
当サイトは、「情報を検証せず拡散するサイト」らしい
「follow after the truth」というブログの右サイドバーに、「情報を検証せず拡散するサイト(これらのサイトの情報を見るときはまずは疑惑の目で)」というコーナーがあり、私のサイトにもリンクしていただいている。本当にありがたいことだ。胡散臭いと思われることは私の至上の喜びであり、どうして会ったこともないのに私の好みを分かっていただけるのか、何か必然的な運命のようなものを感じる。
そして、こんな記事がある。
薬害:サーバリックス不妊説その1
http://follow-after-the-truth.blogspot.com/2010/07/blog-post.html
薬害:サーバリックス不妊説その2
http://follow-after-the-truth.blogspot.com/2010/07/blog-post_17.html
まず、子宮頸がんワクチンに関する私の記事は、主にマイク・アダムズとマーコラ博士という医療情報の専門家の記事を翻訳したものである。私自身が記事を選択してはいるが、内容を「検証せず拡散」しているわけではないので、過分な賛辞である。もちろん、誤訳等があれば私の責任だと思っている。
私自身の子宮頸がんワクチンに対する基本認識は、どんな作用があるか分からない福袋のようなものだと思っている。特に不妊効果を強調するつもりはない。人によっては、長期的にも何ら弊害が無いかもしれない。だが、歴史的に製薬会社と米国政府機関がやってきたことを知れば100%クロであり、避けた方が健康に良いとお勧めしているのである。インフルエンザなど各種ワクチンも似たようなものであり、過去に遡れば天然痘ワクチンさえもインチキだったという情報も紹介してきた。
このブログの「はっくん」は、サーバリックスとガーダシルは、別物だから一緒に論じてはいけないと主張している。そういう考え方もあるだろう。だが、製薬会社ごと、新しい薬品ごとに、我々は「検証」し、有害だと立証できない限りは信用すべきなのだろうか? その検証の能力やコストは誰が負担するのか? それとも、無害だと検証できない限りは信用しないのとどちらが安全か。それは人それぞれの自由だ。製薬会社にとって都合の良い人間はどっちだ?
ところで、この真実を求めているというブログは、どんな検証をしているのだろうか? 自ら研究所を抱えてワクチンの実証試験をしているのだろうか? と疑問に思ったところ、こんな記述がある。
>2009年には、イギリスでグラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」
>の接種直後に14歳の少女が死亡しています。
>http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2647877/4692574
これだけを見ると「サーバリックス」によって死亡したように受け取れます.しかし,リンク先の原文をきちんと読んで下さい.そこには
>その後、検査の結果、少女は「重大な基礎疾患」を抱えており、ワクチン接種が
>少女の死を引き起こしたと可能性は「非常に低い」との見方が示された。
>保健当局はこの学校で使われたワクチンを保存する措置をとっている。
とあります.なにやら「サーバリックス」を悪者にしたい人がいるようです.また「サーバリックス」で死亡する人がいたとしても私には当たり前のように感じます.どの種類のワクチンでも死亡例はありますし,体内に自分のものとは異なる病原体を取り込むのだからそれは予防と引き替えに負うリスクだと思っています.しかし非常に小さいリスクでなければ薬剤としては認められないし,日本の厚労省も認可しなかったでしょう.
ここで、「非常に低い」という見方を示したのは、AFPの記事によれば、調査を実施したグラクソ・スミスクラインとイギリス保健当局のようだ。
つまり、「はっくん」は、政府当局や製薬会社の言い分こそが信頼できる情報源(ソース)だと言いたいらしく、それがマスコミなどの言うことを鵜呑みにしないことを信条とする彼(男かどうか未検証だが)の「検証」という意味らしい。まるでマネーのフローが意識できていないのだが、そういう考え方も、選択の自由だろう。
この手のブロガーに多いが、ぐだぐだと人のことを批判しておきながら、「私の記事自体も本当に正確なものかすら正直分かりません」などと、いかにも自分は客観的で謙虚な立場であるかのように装いつつ、逃げ場を作っている。その割には「情報を検証せず拡散するサイト」には、私のサイトだけでなくTHINKERも入っている。余計なことだが、こういうときは「さてはてメモ帳」も加えないと失礼だ。
私に面と向かって「あなたのサイトは検証もせずに情報を拡散している」と言う度胸はあるんだろうね? それとも、匿名でネットだから言えるだけなのかな?
私は、正直なところ、自分よりレベルの高い人から批判を受けるのは歓迎している。それで自分の考えをより洗練できれば、これほど有意義なことはない。だが、私よりも低レベルな人間から批判されると腹が立つだけだ。
子宮頸がんワクチンに関する南出氏の主張は、正確さには欠けているが、私は一般の人々には分かり易いメッセージで良いことだと思っている。例えば、日本民族だけを根絶やしにするという特定の民族・人種差別なのではなく、世界中の人類が標的になっている。有色人種に重点が置かれている様子はあるが、単純にいわゆる「人種」で判断しているのか、遺伝子レベルの特定の形質を狙っているのかはよくわからない。また、不妊効果については広範に普及している遺伝子組み換え食材の方がよっぽど問題だと思うし、ワクチンには人間を不具化して長期的に医療サービスの「受益者」にする様々な効果があると思っている。つまり経済的に人々を国の医療補助に従属させ、国は膨らみ続ける債務で縛られ、という経済的な束縛関係を築くことで、支配・被支配の関係を強固にすることが狙いだと思っている。経済的には戦争と同じような効果があるだろう。
だが、一般の大衆というものは長々と正確な情報よりも、南出氏のような「日本民族抹殺」といった分かり易いメッセージの方が伝わり易いのである。結果的にワクチンを打つ人が減ればよいことだろう。もっとも、南出氏が本当にどんな動機で活動している方なのかは、私は知らない。できれば、完全支配を読んで勉強してから活動してほしかったと思うぐらいだ。
私も最近では考え方が少し変わりつつあり、愚かな人間を地球上から抹殺するという意味では、製薬会社や政府機関も良いことをしているのではないかと思っている。子宮頸がんワクチン推進派に転向しようかとさえ思っているぐらいである。「はっくん」がそこまで考えた上で、私のサイトを「情報を検証せず拡散するサイト」にしているのであれば、敬服する。つまり、地球から愚かな人間を抹消するというせっかくの慈善活動を邪魔する有害サイトという意味だ。
知能の囚人
イヤミはさておき、たまたま私の目に止まり、私に攻撃の口実を与えてくれた「はっくん」は、知能の囚人の好例なのである。
デービッド・アイクがよく指摘しているが、「知能」に囚われた人間が多いことが国際変態ネットワークの支配を手助けしている。愚かな人間といえば、マスコミの情報を鵜呑みにするしか能の無い大衆を連想しがちだが、本当に有害な愚者というのは、いわゆる「知識人」のことだ。有名な学者、医者、評論家、政府の役人等々である。難しい文章を読める人たちのことである。
人間は生まれたときには、何にも囚われていない。それが、家庭での教育、学校での教育、マスコミによる情報洗脳、医者からの知識などで、年齢を重ねるに連れて、どんどんと知能・知識の殻に閉じこもっていく。その知識の殻のことを「自分」と認識し、その「自分」を守ろうとする。有名になったり、先生などと持ち上げられれば、ますます勘違いして自分の殻に閉じこもるものだ。それは本当に致命的な人生の罠であるが、それに気付かない。
学校というのは、牛乳(発癌性物質)が飲めない子供に牛乳を飲めるようにするぐらい恐ろしいところである。これはセックスに喩えると獣姦のような倒錯行為であり、変態食欲と言ってもよいと思うが、教育次第で人間はいくらでも変態になれるのである。牛乳を飲むのは変態行為だと言っても、知識に囚われた人々には、私が言っていることの方が狂っているように聞こえるはずだ。
マスコミ支配の構図
以下の図は、私が筑波大学の学士論文(1990年)の結論部分のために作成したものである。図にある通り、悪の源は共産党にあると置いており、そこは冷戦思想に毒されていた部分であるが、問題はマスコミ・知識人にあること、更にその背景にはマネー崇拝があることは認識していた。
現時点の認識では「共産党」の部分が「国際変態ネットワーク」に変わっているが、本質的な問題認識は変わっていない。当時も「ユダヤ」の陰謀には興味があったと思うが、911以降に大量に出回るようになったロックフェラーとかロスチャイルドなどの陰謀情報も、私にとっては現状認識を補強する材料として後から付加された情報に過ぎない。
卒論は、「たいていの政治問題についての世論は、少数者のエゴイズムの基準と大衆性(分かりやすい政治)の基準に支配されることを逃れられず、最終的には手の施しようのない状態になる」と結んでいる。その時点では理解していなかったとはいえ、少数のグローバリストが、その利益のために民衆の愚かさを利用している構図を暗示していたと解釈できなくもない。
なお、現在のマスコミ支配の構図については、最近の井口さんのブログに素晴らしい図説が掲載されているので、ここで紹介しておきたい。井口さんのように高い知能を持つ人は、普通は知能の囚人になるわけであるが、これほど「バカバカしいこと」を毎日のようにお書きになられることは尊敬に値する。これは皮肉ではなく本当に賛辞である。しかも、変なペンネームではなく、ちゃんと名前も出しておられるわけだから、私と同様、それなりの覚悟を決めておられるものと拝察する。
このマスコミ支配を打破するメディアは、インターネットしかないと思っている。さらにインターネットを触媒にしたテレパシー、インスピレーションだろうと思っている。インターネットが普及するまでは、何の希望も無かった。
私は精神的には学生の当時からあまり進歩していないが、卒論の最後に、政治宣伝の洗脳から自らを守るためには、我々は「無知」であることを知らないといけないと提言している。
「わかった」と思うことは喜びである。だが、その先に常に新たな疑問を発見しなければ、そこで人生は実質的に終了している。どこまで深く掘り下げることができるか、現実社会に適応しつつも、いつまで生まれたときのままの囚われない心(白痴状態)を維持できるか、あるいは回復できるかが、人生の試練であるように思う。
なんて、また検証もせずに情報を流してしまうのである。
でも「検証」って何よ? 思い上がりじゃない?








